極限の世界で
人間がどれほど愛を必要とし、
愛を与えることができるのか。
人間の「尊厳」、そして「愛」。
それが『ベント』である。
1934年、ナチス政権下のドイツ。その時代のドイツでナチスがユダヤ人を大量虐殺した事実はよく知られています。しかし、胸にピンクの星をつけることを強要され、ユダヤ人より酷い扱いを受けた人々のことは、あまり知られていません。
ピンクの星を胸につけた人々、つまり強制収容所で虐殺された同性愛者は250,000〜300,000人にもおよんだと言われています。
この『BENT(ベント)』という作品は、ナチスドイツによる同性愛者の迫害という、歴史に埋もれてしまった極めて得意なテーマを扱っています。
しかし、この物語はナチス・強制収容所という背景を持ちながらも、歴史劇ではなく、純粋な愛のドラマなのです。
1979年、イアン・マッケラン、トム・ベルらの出演によりロンドンで初演。ブロードウェイではリチャード・ギアの主演で上演されてトニー賞・作品賞を受賞した他、世界35ヶ国で上演が行われています。日本でも繰り返し上演されている、この『ベント』が、2004年1月に新たなキャストを得てパルコ劇場で上演されることとなり、その製作発表が行われました。
今回の出演者は、「嘘をついても、人を騙しても自分だけは生き残る」が哲学のやくざな男、マックスに椎名桔平。彼と強制収容所で出会う不器用な男、ホルストに遠藤憲一。そして、マックスの恋人ルディに高岡蒼佑、ゲイクラブの主人グレダと収容所の大尉の二役を篠井英介と、実力と人気を兼ね備えた強烈な個性派俳優が揃いました。
記者会見で演出を担当する鈴木勝秀さんは「お客さんに泣いていただける演出をしたい。全ての事がここに集約される。」と言い切ります。「核心は心の再生。現代の日本でも心が荒み、崩壊している、それが再生する物語。マックスの閉ざされた心がどうやって開いていくか。戯曲の持っている力を引き出し、どう観客に伝わるかがポイント。パルコ劇場ならば細かい映像的な演技で 微妙なニュアンスが伝えられる。」とのことで、リアルな舞台創りになりそうです。
4年ぶりの舞台出演となる椎名さんは「普段は舞台をやっていないし、これまでは初演のものをやってきて、世界中でやられている作品は初めてなのでハードルは高いが、目標が高い分、全力でぶつかりたい。信頼できるチームで何かが生まれそうな舞台。特殊な設定で特殊な恋愛だが、日常的なものを沢山拾って消化していきたい。」と、極限状態での人間の姿を描いた作品に挑みます。
さらに21年ぶりの舞台出演という遠藤さんは「18歳から3年くらい演劇をやっていましたが、舞台は苦しいものというトラウマになっていました。今回、あらすじに興味を持ち、直ぐに本を読んだら感動して断る理由がなくなりました。凄いプレッシャーが有りますが、両親に舞台を観せて、泣かせるのを楽しみに演じたい。」と語り、「この舞台が終わった時に楽しいと感じられたらトラウマを克服できると思います。」と今回の挑戦に決意も固い様子。
高岡さんは「舞台は怖いもので、解っているつもりでも解っていないと思います。緊張していますが、演出の鈴木さんを信じて、稽古中に大恥をかいて本番中はかかないように、不言実行でやりたい。ホモもユダヤもリアルに想像は出来ませんが、登場人物がいかに強く生きたかを伝えられたら良いと思います。」と、気合を込めます。
翻訳者の青井陽治さんが「ブロードウェイで観た時に、ナチスの将校には六代目中村歌右衛門が相応しいと感じたが、それに一番近い。」と評された篠井さん。「パルコ劇場が好きでエレベータボーイをしていました。『ベント』に参加できるのは感極まったくらい良い作品。純化された恋愛のエッセンスがつまっている素晴らしい大純愛ドラマ。きれいな想いで帰っていただけると思う。」と、思い入れも深いコメント。
「1幕と2幕では全くスタイルが変わる、対照的な合わせ鏡のような構成。」(鈴木氏)というこの舞台。廃墟をテーマにデザイン中というセットとともに、どのような心に響く舞台を観せてくれるのでしょうか。