ナジ氏と言えば、日本でも1999年にシアタートラムで上演された『ヴォイツェック』や、2001年の『ハバククの弁明』(世田谷パブリックシアター)で、ダンスの枠を越えて多くの日本の観客に衝撃と感銘を与えたアーティスト。
その既成の様式に捕われず、舞台芸術を確信する独自のスタイルから生み出される作品は、詩的なユーモアと東洋的な香りが漂う不思議な世界観に包まれ、フランスのみならず世界中で高く評価されています。
今回の作品『遊<<ASOBU>>』は、ベルギー生まれで後にフランスに帰化した詩人・画家のアンリ・ミショー(Henri
Michaux)へのオマージュとして創作されるそうで、ナジ氏が「私と作品の創作過程が似ている。それと自分の世界を発表するのに言葉だけでは足りずにデッサンを描いて、全体性の中で自分の世界を表現しているところも。私も最初からダンスではなく、初めはデッサンを描く方から入って、総合的に自分の世界を出して行く為に舞台を選んだ。」と語るように、美術家としても活躍し、超現実的なイメージを日常の世界に具現化しようとするナジ氏の詩的で独創的な作品は、生涯世界中を旅しながら、詩と絵画両方を発表し続けたミショーの創作世界に通じるものがあると言えるでしょう。
この作品に日本からは、BATIKの黒田育世、イデビアン・クルーの斉藤美音子、そして大駱駝艦の奥山裕典、塩谷智司、田村一行、振子ぴじんが出演、
「日本のダンサーは、欧米のダンサーと比べて形だけではなく動きの中身が非常に柔らかく流動的で、時には動物のような気もするし、より乾燥していない気がする。踊りのベースを作るのにテクニック+αで出て来るものが違う。」と評価するナジ氏は、
「今回のプロジェクトは初めての経験。他での経験のある人たちと、新しいグループを他の地で作って、どのように統一して行くかがテーマ。」と、自らの挑戦を語ります。
これまで、2001年、2003年に日本でワークショップを行い、当初は世田谷パブリックシアターと共に日本人ダンサーへ振り付けた作品を2005年に上演する予定が、アヴィニョン・フェスティバルのアソシエート・アーティスト就任により、フェスティバルの芸術的方向性を豊かにする為に作品を創るという事で企画が進んだこの作品。
日本6人、フランス10人のダンサーで、ミショーの文化の壁を乗り越えた旅をモチーフに、ナジ氏のイマジネーション世界の根底にたゆたうものの、戯れ=“遊び”を呼び覚まします。
この『遊<<ASOBU>>』というタイトルについて「日本語のタイトルにしたかった。日本の文化と遊んで行く中で、新しい"遊び”を発見したい。」と言うナジ氏は、現在行われているリハーサルについて「始めたばかりですが、「このような踊りをしなさい」と振り付けて行く事はせずに、ダンサーたちから出して貰ったものを見ながら、それを何かにして行くので、これが何になるか今は申し上げられない。」と、創作過程の途中で有る事を明かしてくれました。
アヴィニョン・フェスティバルでこの作品が上演される“パレ・デ・パップ(Palais des Papes)”は、14世紀に建てられた法王庁宮殿の中庭でフェスティバル会場の中心であり、ジェラール・フィリップ出演の『ル・シッド』、ピーター・ブルック演出の『マハーバーラタ』を始め、ピナ・バウシュの新作などもここで上演されています。
また、フェスティバルの正式演目は40程ですが、時を同じくして「オフ」と呼ばれる公演が500近く行われ、討論会、展覧会などの様々なイベントも町中で行われます。
なお、2007年のアヴィニョン・フェスティバルのアソシエイト・アーティストには、昨年末にシアタートラムで上演された平田オリザ作『ソウル市民』で演出を担当したフランスの演出家フレデリック・フィスバッハが予定されています。
こうした世界的な才能と、言わば一地方劇場である世田谷パブリックシアターとの間で、創作レベルでの交流が持たれている事は特筆すべきであり、その実績は高く評価されるものではないかと思います。
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