オペラの台本を手掛けるのは初めてという辻井氏は「言葉の数が多すぎないように、聞いて解かる以外の言葉以外は使わないように留意した。」と創作過程を振り返りながら、「10代、20代の若いカップルはストレートで純粋な愛情があるし、既に結婚して年月を経ているカップルとはおのずと違ったものがあるので、それを対比させるために史実には無い若いカップルを付け加えました。稽古を見て気が付いて削除して貰った部分もありますし、旧知の一柳氏とは安心して気持ちの良い共同作業が出来ました。」と出来栄えには満足の様子。
「全体にバラエティを出す場面も書き加えましたし、面白くなっていると思います。」と自信を覗かせます。
一方、作曲に3年間を費やしたという一柳氏は「辻井さんが大変凝縮した素晴らしい台本を書いてくださいました。これは音楽としても触発される内容であって、オペラとして成立すると前から思っていました。ご存知の方も多いと思いますが、この題材は時代・社会性が全面に出てきますし、それは音楽を考える上でも重要ではありますが、音楽そのもので表現・主張出来るものという観点から作曲を行っております。結果として杉原千畝の取った行動は大変ドラマティックなものであったので、オペラにするには相応しいと以前から思っておりました。これが今回作曲するに当たっての気持ちです。」と、音楽面からのアプローチを語ります。
また、このオペラの指揮を担当する外山氏は「私は1960年からオペラの指揮をして来まして、通常は3ヶ月間の稽古を要求してきたのが、今回は8月1日から稽古に入りました。それは歌い手が皆忙しいからですが、一人づつの稽古から始めて長期の稽古になっています。今回の演出の白井さんとは初めてですが、このように分析的に細かく緻密に稽古を進めてくれる演出家は始めてで新鮮に進めています。最初は一柳さんの難曲にどう立ち向かって戦おうかと思っていましたが、今は「一柳節じゃ無いと音楽じゃ無い」と言う感じで初日を楽しみにしています。」と、新たな才能との出会いを楽しんでいる模様。
そして、これまで音楽劇を多く手掛け、その手腕に定評の有る白井氏は「オペラの演出は今回が初めてで、考えてもいなかったです。若い頃から内外のコンサートやバレエを観に行って親しんでいた神奈川県民ホールで演出が出来ることを光栄に思っています。日本のシンドラーと言われる杉原千畝の偉業を、史実に基づいて創られた作品なので、人間の本当の葛藤が観客にダイレクトに伝わっていくものでなくてはならない、中途半端な気持ちでは立ち向かえない題材だと思っています。台本・曲を貰って、初期の段階ではこれをどうしようと思っていましたが、稽古が始まると非常に面白いと言うか刺激的で、有る意味演劇と変わらないと思って、出来る限りの力で創って行きたい。」と力強く語ります。
さらに、奔放なリズム感とスピーディーかつスタイリッシュ振付で注目の北村氏は「オペラと言うダイナミックな舞台の振付は初めてで緊張していますが、白井さんはダンスにも通じているのでお話がしやすく、いい意味でのプレッシャーを楽しんでいます。普段のカンパニーの公演では明確なストーリーは無いのですが、このオペラはシリアスな話で、“愛”“生きる”という深いテーマに、身体の語彙を選ぶのが難しいポイントで自分への挑戦です。でも、稽古をしていて音楽が流れると体が嵌って行く、強い世界観の中に体が引き込まれて行く感じで、一柳節と言われる音楽の世界観の強さを実感しています。」と、試行錯誤の中にも手掛かりを既に掴んでいる様子。
現在、神奈川芸術文化財団芸術総監督でもある一柳氏は、今回の人選について「実際にこの時代を知っているメンバーが創った作品で、その経験は大事だし、辻井氏に台本を依頼したのもそれが理由ですが、それに今の現役の20代〜40代の人が入ることによって新しい視点からのオペラ観・芸術観が導入出来る、高齢化したスタッフだけでなく新鮮な若い才能、特にオペラ初演出の白井さんには、何本か観て感動を受けていたのでお願いしたいと思っていました。」と、その経緯を語ります。
それを受ける白井氏は「大先輩であるスタッフの方々とやらせていただくのは初めてで、いつも同世代とやる仕事が多かったんですが、全体にそういう傾向がありがちなので、世代間の交流が有っていいと思っていました。5年前に台本が出来て、作曲に3年、6ヶ月の歌稽古。白井は2ヶ月間で、その時間を最終的に間違えの無いような形にしなくてはいけない責務を感じています。5年間が凝縮されたものでなければいけない責任は感じていますが、肩に力を入れずに自分の持てるものと融合してやらせていただきたい。映像や創造でした知り得ない史実ですが、時間と場所を変えれば現在どこにでも起こりうる行為として、人間の本質が見えるものにしたい。」と語り、「時間と精神の許される限り、いつも通りやらせて貰う」と、本番が始まっても稽古を続けるという、本来の粘り強い演出で初のオペラに挑みます。
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