シアターフォーラム    
シアターフォーラム ロベール・ルパージュ&白井晃 一人芝居『アンデルセン・プロジェクト』

 「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」「人魚姫」「はだかの王様」「雪の女王」などなど、子供の頃に誰しも親しんだ数々の童話を世に送り出したデンマークの詩人で童話作家であるハンス・クリスチャン・アンデルセン。
 デンマークでは2005年に生誕200年を迎えたアンデルセンを記念して、2005年4月の祝賀イベントを皮切りに多くの催しが行われていますが、その「ハンス・クリスチャン・アンデルセン2005」から委嘱を受けて創られたロベール・ルパージュ氏による一人芝居『アンデルセン・プロジェクト』が2006年6月〜7月に日本でも上演される事になり、そのプレス懇談会が上演会場となる世田谷パブリックシアターで行われました。

 出身地であるカナダのケベック州を中心に活動するロベール・ルパージュ氏は、舞台に映像表現を巧みに取り入れた先駆者であり、独自の演劇空間を創出するその世界は、ルパージュ・マジックと称されるほど魔法のように観客の心を魅了します。最近ではシルク・ド・ソレイユの最新作『KA』の演出を手掛けるなど、世界的にも注目を集め、その上演が待ち望まれている演出家のひとりであり、今回の懇談会も『アンデルセン・プロジェクト』の世界ツアーでシドニーからロンドンに向かう途中で、日本に立ち寄っての出席となりました。


 童話作家としての知名度が高いアンデルセンですが、その生涯には156編に及ぶ童話以外にも、自叙伝、小説、戯曲、詩、旅行記など多岐に渡る作品を遺しています。童話作家であったと同時に、科学的な批判精神を備えたジャーナリスト、優れた観察眼を持った実存主義者、情熱的な小説家、切り絵アーティストでもあったアンデルセン。
 今回の『アンデルセン・プロジェクト』では、これまで余り意識されてこなかった、アンデルセンの実像が描き出されます。

 また、今回の上演ではルパージュ氏自らの出演による英語版に加え、俳優としてはシリアスな役柄からコメディまで幅広くこなし、演出家としても音楽劇からストレートプレイまで緻密で粘り強い演出で評価の高い白井晃さんが、初めて一人芝居に挑戦。日本語版の『アンデルセン・プロジェクト』を、ルパージュ氏の公演地まで赴いて、断続的ながらも長い共同作業を経て創りあげます。ロベール・ルパージュと白井晃、同年代の2人がどのような『アンデルセン・プロジェクト』を創り上げるのか、このコラボレーションには多くの期待が高まっています。

 今回の作品はルパージュ氏にとって、『ニードルズ・アンド・オピウム』『エルノシア』『月の向こう側』と続く一人芝居シリーズの第4弾となりますが、そのきっかけについて、「依頼が来たのは5年前で、生誕200年の趣向として世界中のアーティストを集めてアンデルセンの童話を元にした新作を創るということでしたが、私のところに来た話というのは少し趣が違って、彼の人生を元にした、パーソナルな部分を描いた一人芝居を創れないかという依頼でした。」と語るルパージュ氏。
 「彼の伝記を読んだが、彼が興味深い人物とは思えず最初は落胆しました。ただリサーチが進むにつれて、彼の人生そのものを描くというより、彼の人生の描かれたことのない、注目された事の無い側面に興味を持つようになり、依頼を受けて非常に時間が経ってから、関係者に通常の意味での伝記にはならない、彼の人物を通して様々な主題を描いた非常に現代的な作品になると伝えました。最初に上演されたのがケベック市でフランス語で上演され、それを英語で上演するために再び台本を見つめなおしていく作業の中で、その作品を書き直す機会にもなりました。今回日本語で上演するということで、もう一度見直す機会になればと思っていますし、この作品は創作の極く初期の段階なので、白井さんとのコラボレーションが完成に向けての良いコラボレーションになればと願っています。」と、今回の上演に向けてさらなるブラッシュアップを目指します。

 一方“演出家で俳優”という条件の候補者の中から選ばれた白井氏はちょっと緊張気味ですが「私が始めてルパージュ氏の作品を拝見したのがグローブ座で、同世代のディレクターがこういう作品を創り、自ら演じている事に驚きと尊敬の念を抱きました。とにかく映像の使い方やテクニカルな部分や、描こうとしている世界感に非常に共感しました。その後も機会が有る毎に観に行っていて、或る意味ファンでしたし、一昨年に『月の向こう側』が来て、さらに彼の劇世界が進化していることにまた驚きを感じ、僕の中ではその年に観た一番素晴らしい作品でした。その後にこの話をいただいたので、正直、内容は何でも良かったんです(笑)。彼と一緒に作品を創る事に携われることに対して、――一人芝居で有るという事すら忘れていたのですけれど、――とにかく一緒に演らせて貰えるならば、一緒に共有できる時間が大切な時間になるだろうと思えて、喜んで引き受けさせていただきました。」と、こちらも乗り気満々の様子。
 「後で一人芝居だと思い、それが初めてで、尚且つルパージュさんが演った後に演るという、とてつもなくハードな事だと気が付きましたが、今はそういう不安よりもむしろ楽しみの方が先立っていて、不思議なことに、――実際に初日が来たときには恐い思いをするのでしょうが、――今はその恐怖感よりも楽しみが凌駕しています。ルパージュさんとは実は10年位前に楽屋でちょっと紹介して貰った事が有るのですが、彼は多分おぼえていないかも(笑)」と、現在の心境を語ってくれました。

 共に映像を含めた舞台を創り出しているということで、「ケベックという土地はフランス語を喋る地域なので、視覚表現が根強いんですね。なぜならば言語を使った表現で海外に訴えようとすると輸出先がフランス語を喋る国しかなく、それは非常に限られているので、自然と視覚表現、身体表現に偏りがちだったんです。私自身は上手く、言語表現と視覚身体表現のバランスを掴めればと思って模索していたのですが、今は非常に健康的なバランスが見つけられたのではないか、と思っています。」とルパージュ氏が語れば、
 「僕も視覚表現というものに凄く興味があって、演劇の王道が言葉から始まるものだけに、ただそれだけではなく、演劇としてもっと視覚から訴えるもの、言葉とプラスアルファされた時に訴えられるものをずっと信じてきたところがあったんです。ただこの映像というのは立ち過ぎてしまうと俳優を消してしまいますし、そこにいる人間が駒でしかなくなってしまう危険性を持っているので、そこのバランスを非常に難しく感じています。でもテクノロジーが凄く発達してきているので、そういった意味では融和させて行く部分というのが可能になってきていると思っていますし、映像で場を説明するのではなくて、もっとメンタルな部分をより強調するための、役者を見せるための映像を使っていけたらいいな、という風に思ってはいます。」と白井氏も自らの考えを述べ、さらにルパージュ氏が
 「色々なテクノロジーの進歩によって色々な新しい技術を試して行けば行くほどシンプルが見つかる事もあると思います。シンプルさとは不思議なもので、どんな芸術かもシンプルが最高だ、シンプルから始めたい、と思ってはいるのですが、確かに舞台の上に椅子と役者と明りが一個だけで出来れば、それが本当に最高だと思うんですが、そこで始められる事は極めて稀で、混沌ないろんな事を盛り込んだ状態から始めて、削ぎ落として行ってやっとシンプルが見つかるということかな、と思っています。
 映像とか仕掛けであるとかそういう舞台の上で使うトリックというものは実は仮面で、本当には何が伝えたいかということが見つかっていけば、振り落とされていくものではないかと思うんですね。ですから私の作品でも非常に混沌としたところから始まり、最終的にはそれが削ぎ落とされて一番伝えたい事へ戻って行くという事をやっています。」と応じるなど、既にお二人のコラボレーションは始まっているかの様子。

アンデルセン・プロジェクト舞台写真


アンデルセン・プロジェクト舞台写真


アンデルセン・プロジェクト舞台写真



白井晃 ロベール・ルパージュ
左より:白井晃、ロベール・ルパージュ

 また、今回の作品の概要については
 「これは2006年のパリを舞台にしていて、私が演じるのはフランスのオペラ座でアンデルセンの童話を元に子供用のオペラの詞を書く事を依頼されて招かれた作家で、その為にアンデルセンの調査をしているという話です。アンデルセンのことを調べていくと、私達は非常に不器用でとてもぎこちない動きをする童話作家というイメージを持っていますが、実は非常に成熟した思想家であるという彼の本当の姿が見えて来るという物語です。
 史実としてもアンデルセンは非常にオペラを愛した人で、オペラを書くという作業とアンデルセンのオペラ熱を重ね合わせていまして、主なキャラクターは、アンデルセンの亡霊=魂、カナダの作詞家、オペラ座の支配人、モロッコからの移民でセックスショップの従業員、それ以外にも童話の登場人物も実際に登場するんです。」とルパージュ氏は語ってくれました。

 「私自身の一番の興味としては、フランス語と日本語に代表されるように非常に言語的な壁が存在するもの同士が共に共通項を見出して表現を創って行くということ、これが自分の中では一番興味の有る部分になってきています。」と語るルパージュ氏

 「同じ世代で、ルパージュ作品を観るたびに理屈ではなく生理的に共振るところが有り、彼がいつも題材にするモノの根本にも近いモノが有る気がしています。一緒に仕事が出来る事が嬉しい。」と言う白井氏

 スタッフはルパージュ氏の下で働くカナダ・ケベック州のスタッフが両公演共通で就くということで、文字通りの共同作業となる今回の『アンデルセン・プロジェクト』。

 ロベール・ルパージュと白井晃、共に演出家であり俳優であるこの2人のコラボレーションが、果たしてどのような結実を私たちに見せてくれるのか。その成果には大いに期待されるところです。



 
『アンデルセン・プロジェクト』 The Andersen Project - Modern Fairy Tale -
    作・演出:ロベール・ルパージュ

  日程  2006年6月23日(金)〜6月30日(金) ロペール・ルパージュ 出演(英語上演)
2006年7月 1日(土)〜7月 8日(土) 白井 晃 出演(日本語上演)
  会場  世田谷パブリックシアター


《 国内ツアー 》(日本語上演)

  7月15日(土)・16日(日)  兵庫県立芸術文化センター 
  7月21日(金)・22日(土)  高知県立美術館 
  7月29日(土)・30日(日)  山口情報芸術センター 


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