フランクフルト行き列車の一等車両で身なりの良い熟年男女が別々に腰掛けている。ロマンスグレー風の男は「人生の苦渋をなめることに飽き飽きした」と繰り返し、「70に手が届こうというのに若い女性を恋人にもつ友人」を批判する反面、妬み羨むような発言をする。男はどうも流行作家らしい。一方たまたま乗り合わせた女は長旅の供にと男の著書「偶然の男」を鞄にしのばせている。しかし男の正体にすぐ気がつき、恥じらいから本を取り出すことができない。そして作家についてあれこれ想像をめぐらせてしまう…。
この戯曲『偶然の男』の作者、ヤスミナ・レザ(Yasmina Reza)は、女優として古典から現代作家まで様々な作品に出演の後、1987年に"Conversationsapr6sunenterrement"で、モリエール賞の最優秀劇作家賞を受賞。第2作目"LaTraversedeL'hiver"が1990年モリエール賞ベストフリンジプロダクション賞、続く"L'hommeduHazard"(邦題=『偶然の男』)は英・仏をはじめヨーロッパ諸国で成功を収め、10月にはニューヨークでも開幕しました。
1995年には"Art"がパリで上演され、再度モリエール賞最優秀劇作家賞を受賞。
以降"Art"は世界各国で上演され、20ヶ国語に翻訳されています。ロンドンでは1996-97年ローレンス・オリヴィエ賞とイヴニング・スタンダード賞を、アメリカでも1998年にトニー賞を獲得。近年では映画の脚本。また小説執筆にも取り組んでいます。
この劇は、最後の10分を除いて男女それぞれの独り言で構成されているというもの。互いの存在を気にしながらも声を掛ける事が出来ない赤の他人同士、それぞれの心の内をそっと覗いてみるという設定。男の恥じらいは見知らぬ女性に対してのものですが、女の恥じらいは種類が違います。女は男のファンであり作品を通じて男を知っている。ようやく女が本を取り出す。男は女が自分の存在に気づいていないものと解釈し、この「偶然」に狂喜する。こうして二人は会話を交わし、これが一度きりの出会いかもしれない、と女が大胆な告白をして…。
演出に『欲望という名の電車』『ベント』など話題作を多く手がける鈴木勝秀、出演者には、人気作家にテレビでも活躍中の長塚京三、乗り合わせた女性に数々の舞台経験をもつキムラ緑子、と実力派二人の共演が実現しました。
会場は新しい劇場空問として注目の小ホール、スフィアメックス。200席という小空間の臨場感が観客を劇中へと誘います。
また今回は、公演会場と同じスフィアメックス(アートスフィア隣接の小劇場)で一ヶ月の稽古を行い、本読みから立ち稽古と進んで、本番用小道具やセットなども日々揃っていくという展開から、1ヶ月間のロングラン公演を迎えるという、理想的な環境での公演となりました。
公演に先だって同劇場で行われた稽古場会見で、演出の鈴木氏は「ト書きが全く無く、長いモノローグが続き、最後にちょっと会話があるだけなので、制約が無く自由に考えられる脚本です。どうやろうかと悩んでいて、稽古場で2人に実際に動いてもらったら、いままでの悩みが吹っ飛びました。難解だと思ったのは杞憂、気苦労で、解かりやすい作品で、手応えを掴んでいます。」と語り、実際の公演場所で稽古が出来ることとあいまって、順調に稽古が進行したことを伺わせました。
そして「今まで余り芝居を見なかった中年男性に観ていただきたい。元気が出ると思います。」と、登場人物と同年代の男性が共感できる芝居であると語ります。
一方、作家を演じる長塚さんは「生き難い生き方をして、全てが苦々しく感じて、切迫した状況の老人で、自分に似ています。そうした半分死んでいる人間が救われるのはコミュニケーションを取ろうとした時、それしか救われる術はな無いと言う所に感動を覚えました。鈴木さん、キムラさんとは初めて一緒に仕事をしますが、コミュニケーションをとることで突破して、解決していくというのは芝居と作りと一緒で、今は稽古場が楽しいです。」と、まさにノッっている様子。
また、キムラさんは「最初に読んだ時は膨大な科白量でどうしようかと思いました。観たこともない仕掛けや、面白い構造で、ト書きの無いのは役者として試されている恐ろしい台本です。最後に書かれている“間”の大切さ。「ここまでちゃんと演れ」と言われているような台本。でも、どんな2人で演っても楽しめる、色んな芝居が出来る台本で、不安ですが自分が感じた面白さを本当にお客様に伝えたい。」と、抱負を語りますが、笑顔で時折長塚さんに頼る仕草を見せるなど、雰囲気の良さが伺えます。
全ては列車の座席で進行する物語ですが、舞台にはカフェなどのセットも見られ、果たしてどのようにこれが使われるのか。演出の鈴木氏は「座っている事の方が少ないですよ。」と笑顔を見せます。
「細かい部分まで全部見えるので役者を観て欲しい。仕掛けは無いし、細かい演技、表情、耳を済まさないと聞こえない小さな声、生の声と汗、生身の人間が目の前で動く事に劇的なものがあることを感じて欲しい。」と鈴木氏。
果たして、この斬新的な戯曲がどのような形で演じられ、どのような結末を迎えているのか。それはご自身の目でお確かめ下さい。
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