最愛の人が壊れてゆく。時間よ、お願い、リタルダンドで。音楽劇『リタルダンド』

リタルダンド
左より:松下洸平、一路真輝、伊礼彼方、高橋由美子、市川しんぺー、吉田鋼太郎

 記銘力の低下で始まり、徐々に進行すると記憶障害・学習障害・注意障害などの認知障害から日常生活に支障をきたし、高度になると食事・着替・意思疎通なども出来なくなり、最終的には寝たきりとなる病気ですが、現在のところ、はっきりとした原因も治療法も解っていません。

 通常は65歳以上の高齢で発症する事が殆どのアルツハイマー病ですが、近年増加していると言われるのが、40代、50代といった若さで発症し、高齢者より進行が早いため、仕事・家庭生活・社会に多大な影響が出る若年性アルツハイマー。

 最近では、その苦しみや葛藤、支える人の愛を描いたドラマ、映画やドキュメンタリーなどでも取り上げられて認識が高まっていますが、若年性アルツハイマーにかかった夫、看病のために自宅を職場にしてしまった妻、そこに集まる親族や隣人たち、それぞれが織り成す人間模様を描いた新作の音楽劇『リタルダンド』が7月15日に東京・渋谷にあるPARCO劇場で幕を開けました。

 題名の『リタルダンド』はイタリア語で、音楽のテンポを次第に落としてゆく表現方法を指す言葉。
原案と演出は、自らのプロデュース公演の他、落語の舞台化や新橋演舞場での時代劇、最近ではミュージカル作品の翻訳・訳詞も手掛けるなど活躍の場をますます広げ、エンターテイメント性と人間の情念をていねいに描き出す確かな手腕が高い評価を受けているG2
脚本は、独特の作風が魅力で人情味のある喜劇を得意とし、文学座・劇団青年座・松竹・明治座・44プロデュース・東京ボードヴィルショーなどに多くの新作を書き下ろし、今、旬の作家として人気を集めている中島淳彦
今回が初顔合わせとなるこの二人のクリエイターが、切なくなるほど愛おしい人間の姿を、心に残る音楽を挿んで描き出します。

 出演は、三年前に前妻を亡くした音楽雑誌の編集長である笹岡潤治に、シェイクスピアシアター、東京壱組を経て1997年に演出家・原田芳宏と劇団“AUN“を結成。劇団公演のほか、蜷川幸雄演出のシェイクスピア作品を始め、河原雅彦、長塚圭史、栗山民也、鈴木裕美などなど多くの演出家から引く手あまたの吉田鋼太郎
その潤治と半年前に結婚した妻であり、雑誌のコーディネーター・洋子には、宝塚劇団トップスターとして数々の話題作に出演、1996年の退団後も女優として『王様と私』『エリザベート』『キス・ミー、ケイト』『アンナ・カレーニナ』などの舞台で悲劇のヒロインから、コメディエンヌまで幅広い役柄をこなし、ますます円熟味をみせる一路真輝
シェイクスピア俳優と、ミュージカル女優、この二人が等身大の夫婦として、病気と共に向き合う真実の愛の姿を描き出します。

 さらに、アイドル歌手から女優となり、ミュージカル・ストレート・時代物とジャンルを問わず実力を発揮し観る人を常に惹きつけずにはおけない高橋由美子、音楽活動からスタートし、2006年舞台デビュー、端正な容姿と歌唱力でミュージカル界を中心に頭角を現している伊礼彼方、シンガーソングライターとしての活動に加え、09年の初舞台以来出演を重ねる毎に俳優としても注目を集める松下洸平、1990年に“猫のホテル”を創設し、以降独特な存在感で数多くの舞台に出演、どんなキャラクターも自在にこなす市川しんぺー、小劇場出身として、宮沢章夫、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、松尾スズキなどの舞台に出演、近年では様々な演出家とタッグを組み数々の作品で欠かすことの出来ない存在である山崎一
個性的なキャラクターと確かな実力、そして存在感をもつ精鋭が揃いました。

 初日を前に行われた会見では出演者がそれぞれに

吉田 今回僕は若年性アルツハイマーを患った男の役なのですが、アルツハイマーという事なのでテーマが少し重い、それに現実的にそういった事に挑戦している方もいらっしゃるでしょうし、あるいはこれからそうなっていくかも知れない現実を抱えている方もいらっしゃる。本当に重いテーマだと思うんですけれど、その中で「音楽劇」となっていまして、歌が何曲か入ります。その重いテーマをエンターテイメントで楽しんでいただけるような作品になっている。重さと楽しさと軽やかさと全部を併せ持ったお芝居になっています。本当に面白い出来上がりになっていますので、是非観て頂きたいと思っています。

一路 ここ数年凄く注目されて、薬もどんどん研究されて進化している病気なので、今この時期にこういうテーマを私たちから発信出来るという、凄く重い役割を私たちは担うんだろうなと思っています。そういう意味では普通に今までの初日を迎える感じではなく、自分たちの中から若年性アルツハイマーというものに向かい合っているところを観て頂きたいと思います。

高橋 お話自体はちょっとハードな内容なんですけれど、カンパニーの皆は凄く仲が良くて稽古も楽しいし、連係プレーが凄く良く出来ているお芝居ですので、そういうところも是非観ていただきたいなと思います。

伊礼 アルツハイマーという病気は僕にとって遠い病気だったんですけれど、今はそう遠くも無く、知人の中には、――この作品に関わってからですけれど、――「実は・・・」と告白されたりとか、実は結構身近にある病気なんだなと。でも中々他人には言えない、どんどんボケて行く、自分を見失って行く、どこかではちゃんと自分を持っているんでしょうけれど、最近の記憶がどんどん無くなって行くということが起こるみたいです。この作品は若年性ということで、進行が非常に早いんですよね。それを受け止められないまま色んな人間模様が見られると思うので、皆さんにこの作品を通して一個大事なものを持って帰っていただけたらな、と。そして男性の方は観終わって帰った時は奥さんに「ありがとう」と一言言えるような作品になっているんじゃないかな、普段言えない感謝の気持ちを述べていただきたいな、と思います。

と見どころをアピール。

 これまであまり共演暦の無いという出演者たちですが「どこかでお芝居を観た後で飲みに行った席では皆さんそれなりにお友達同士」ということで、お互いのコミュニケーションもスムーズな様子。『リタルダンド』の題名に掛けて「今、ゆっくり過ぎて欲しい時間はいつですか」という質問に
「お仕事を去年4年ぶりに始めさせていただいたので、仕事をしている・・・お稽古とか舞台稽古している時間というのが意外とあっという間に終わってしまうので、もうちょっと皆とゆっくりしていたいな、と思う時がありますね。」と答えるのは一路真輝

 「稽古が早く終わって、皆が飲みに行く後姿を見ながら「明日も朝6時に起きて、お弁当を作らなきゃ」みたいな生活になっている自分が凄く不思議ですね。でも、それはそれで貰うものも沢山有るので幸せです。」と語り、周りからの「でも、ちゃんとご飯だけで1時間くらい付き合ってくれるんですよ。本当にこっちにも気を使い、子育ても大変で、切り替えるのが大変だろうと思うんですけれど、凄い人です。」「朝なんか皆さんの分のお弁当作ってきますからね。」との感心の声に対して、「そんな事は無いです。未だ慣れないのですが、今回のカンパニーの皆さんは仲が良くて優しくて、凄く恵まれていると思います。」と笑顔を見せます。

また、今回の芝居を演じて感じた「大切なこと」について、
「潤治さんの記憶がどんどん薄れていって、私は役の中では再婚で、亡くなられた奥様の後に来て、アルツハイマーというのは最近の記憶が無くなって昔の方が残るので、――あまり種明かしをしてはいけないのですが、――かなり辛い立場の奥さんなんです。けれど、その中で如何に彼の中に持っている、目の奥にある自分をどう見てくれているかというのを一生懸命探りながら会話をしていく、というシーンが多いので、その辺りを演っていると本当に人間っていうのは心と心が通じ合っている時は、違う方向を向いていても何かあるんじゃないかな、というのを今回発見しました。」と、役作りの深さを感じさせてくれました。

 また、夫役の吉田鋼太郎は感じた「大切なこと」について、
「結局、忘れていっちゃうじゃないですか。話が出来なくなるってことは取り返しがつかないってことだと思うんです。自分がそれまでに過ごして来た時間を後悔するしかないんですよね。だから「本当に今までの事ごめんなさい」って言ったとしても通じない訳で、本当にそれまでの時間を大切にしなければいけないんだな、っていう事を、――今はお芝居ですから、疑似体験ですので実際にはそういう訳ではないのですが、――、改めて思いますね。だからやっぱり女房を大事にしなけりゃいけないなって風に思います。
壊れてから大事にしなきゃいけないのは、やっぱりそれからの時間ですよね。でもそれは、通じ合わない相手とそれからの時間をもう一回構築しなおすという事の大変さも有るでしょう。今回の芝居の中の歌に「神様、何を試されているんですか」って歌詞が有るんですけれど、やっぱりそれは試されているのかも知れないし、そこでくじけたり諦めたりすることはもっといけない事になると思うので、“もう一回”と言う事じゃないですかね。“もう一回やってみよう”ということを相手と分かち合うことじゃないですかね。」と力の入ったコメントで、この芝居に懸ける意気込みが強く感じられます。

会見の最後に「今こういう御時世なので、お芝居を選ぶ時も節約だし、お金も皆さん節約していると思うんですよ。今まで三本観ていたお客様が「一本にしよう」と選んでいらっしゃると思う。でも今回の芝居は本当に僕らだけの自己満足でもなんでもなくて、――僕は今52歳で30年くらい芝居をやってきましたけれど、その中でも本当に三本の指に入るくらい面白い芝居なので、皆さん一本選ぶのであればこの芝居を選んで頂きたい、本当に観に来ていただきたいと心から思います。是非、宜しくお願い致します。」と熱い気持ちを込めて語り掛けた吉田鋼太郎

 演出家のG2が抱負として語った「故・井上ひさし氏のお言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことをおもしろく、おもしろいことを真面目に、真面目なことを愉快に」が実現できる舞台だと確信しています。」の言葉通り、笑いながら、泣きながら、人間の存在を感じられる舞台となりそうです。

 

キューブ・東宝芸能 presents
音楽劇『リタルダンド』 

キャスト  吉田鋼太郎、一路真輝
  高橋由美子、伊礼彼方、市川しんぺー、山崎一
スタッフ 作: 中島淳彦
  演出:  G2
  協力: PARCO劇場
  企画協力:  ジーツープロデュース
  企画・製作:  キューブ、東宝芸能

 

公演情報
東京公演
日程 2011年7月15日(金)〜7月31日(日)


会場 PARCO劇場
料金 8,400円 (全席指定・税込)
チケット
問い合わせ先 キューブ  03-5485-8886(平日12:00〜18:00)


名古屋公演
日程 2011年8月5日(金)  18:30開演
会場 青少年文化センター アートピアホール
料金 8,400円 (全席指定・税込)
チケット
問い合わせ先 キョードー東海  052-972-7466

大阪公演
日程 2011年8月6日(土) 18:00開演・7日(日) 12:30開演
会場 イオン化粧品シアターBRAVA!
料金 S席 8,500円 A席 7,500円  (全席指定・税込)
チケット
問い合わせ先 梅田芸術劇場 06-6377-3800

 

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